「孫引き」を含むブログ

大河ドラマ・保元の乱で「一族が敵味方になれば平家自体は安泰じゃ!」の新解釈。そして徳川水戸家も?? gryphongryphon 2012-05-26

たまたまtwitter経由でだっけかな?このサイトを見ました。 http://mousoutaiga.blog35.fc2.com/blog-entry-759.htmlなんだこの面白さは。 まるで大河ドラマみたいじゃないか。 大変だ、日曜8時に大河ドラマが帰ってきたぞ。第一部で見限った人、長らく大河ドラマに絶望していた人、早く戻って来るんだ!今、NHKが日曜8時に、大河ドラマを流している。 &g...

【感想】山田正紀『宝石泥棒』 tsuitakotonasitsuitakotonasi 2012-05-24

...るとこのオールタイム級の過去作品から更に想像力が進化している山田正紀は頭おかしいんだろうなあと思う次第。 今読むといくつかの部分が若干古く感じてしまうのは時代もあるけど、それ以上に本作に影響を受けた(孫引き含)作品が多いからというのがありそう。タイトルの意味がわかるオチはうつくしい。 あと神獣聖戦である小説家のキャラが女性キャラと喧嘩しているときに「女を書くのが下手だとよく言われる」というメ...

その何が問題なのか?〜今村守之『問題発言』書評〜 usukeimadausukeimada 2012-05-24

戦後初の首相東久邇稔彦の発言から昨年の経産大臣による「死の街」までに、総勢85名の物議をかもした「問題発言」を引き、発言の意味、当時の文脈、世間の反応などを解説していく新書。 もともと「問題発言」に定義などなく、この著者の独断と偏見によるところが大きく、そもそもChim↑Pomの「ピカッ。」は発言ですらない。しかしそれでも、吉田茂の「ばかやろう」解散の「ばかやろう」は意外なほど早く謝罪撤回されて...

「東大話法」と映画『ブライズメイズ』 SPYBOYSPYBOY 2012-05-24

...されているが、要するに教科書棒読みの純粋市場原理主義のおっさんだ。学生の頃、よく居たじゃないか、やたらと『××(先達の学者)によると』って言う教授。引用はいいけど、たいていの場合、ロジックがない。ただ孫引きしてるだけで、何故そうなんですか?という質問には全然 答えられない。要するに自分の意見がない(笑)。 その極端な例がこのおっさん。彼は『国連やICRPの調査によると、チェルノブイリでは甲状...

スウィフト『ガリヴァー旅行記』 rojinekorojineko 2012-05-22

およそ人間たるもの、便器にかかっている時ほど真剣で、思いつめ、精神統一を果たしている時は他にない。 <<

サミュエルソン=ソローは本当にフィリップス曲線が構造的関係だと主張したのか? himaginaryhimaginary 2012-05-22

...る1960年の論文では、実際には同曲線の上下へのシフトの可能性が言及されていたという。 ただ、ワルドマンも直接原論文に当たったわけではなく、ぐぐって見つけたJames Forderによる検証論文からの孫引きに頼っている。 一方、Economist's Viewエントリのコメント欄では、Kevin Donoghueが原論文が読めるサイトを紹介し、opという別のコメンターが、その中のp....

ブレヒト『ガリレイの生涯』 rojinekorojineko 2012-05-21

ガリレイ 英雄を必要とする国が不幸なんだ。 <<

なにかの符丁? TosshyTosshy 2012-05-21

...食では、源氏がびっくりして散り散りになった一方で、日食を予測していた暦学者の言を信じて平氏は軍を乱すことがなかったとか。源平盛衰記に書かれているらしいが、トリビアのようなこの種のエピソードでさえ今日は孫引きしたくなる。 それにしても、女房の買った日食グラスとやらは二百円を少し切るくらいのもので、誰が見たって原価はその十分の一以下という代物だ。使い道がほかにないのかと思っていたら、来月六日の朝...

エッカーマン『ゲーテとの対話』 rojinekorojineko 2012-05-20

野蛮であるということは、すぐれたものを認めないということではないか。 <<

他人を知りたい zubi_gdzubi_gd 2012-05-20

...な人の講義を受けてみたかったとさえ思う。(もちろん母校の先生方の講義は今のわたしのなかに生きているが) 本書のなかで、井上良雄の連れ合いである仲町貞子の随筆の一文が引用されているのだが、これが美しい。孫引きしておこう。“私はときどき教文館へ行く。二ヶ月に一度くらい行く、ここへ来ると私はいいようなく慰められる。亡き母の霊がここのどこにも一杯あるという感じがする。柔らかく暖かい真綿の衣を着せられ...

井原西鶴『世間胸算用』(「問屋の寛闊(かんかつ)女」) rojinekorojineko 2012-05-19

世の定めとて大晦日(おおつごもり)は闇なる事、天の岩戸の神代このかた、しれたる事なるに、人みな常に渡世を油断して、毎年ひとつの胸算用ちがひ、節季を仕廻(しまい)かね迷惑するは、面々覚悟あしき故なり。一日千金に替がたし。銭銀(ぜにかね)なくては越(こさ)れざる冬と春との峠、是借銭(しゃくせん)の山高ふしてのぼり兼たるほだし。 <<

坂口安吾「ドストエフスキーとバルザック」 rojinekorojineko 2012-05-17

バルザックやドストエフスキーを読むと、あの多様さを、あの深い根底から縦横無尽に書きまくっているのに、呆然とすることがある。 人生への、人の悲しき十字架への全き肯定から生れてくる尊き悪魔の温かさは私を打つ。 <<

近松門左衛門『曾根崎心中』 rojinekorojineko 2012-05-14

此の世のなごり、夜もなごり。死(しに)に行く身をたとふれば、あだしが原の道の霜、一足づゝに消えて行く、夢の夢こそ あはれなれ。あれ数ふれば暁の、七つの時が六つ鳴りて、残る一つが今生の、鐘のひゞきの聞きをさめ、寂滅為楽と ひゞくなり。 <<

武田泰淳『司馬遷』 rojinekorojineko 2012-05-13

司馬遷は生き恥さらした男である。士人として普通なら生きながらえるはずのない場合に、この男は生き残った。口惜しい、残念至極、情なや、進退谷(きわ)まった、と知りながら、おめおめと生きていた。腐刑と言い宮刑と言う、耳にするだにけがらわしい、性格まで変るとされた刑罰を受けた後、日中夜中身にしみるやるせなさを嚙みしめるようにして、生き続けたのである。そして執念深く『史記』を書いていた。 &l...

夏目漱石『漱石日記』(一九一〇年九月二三日) rojinekorojineko 2012-05-12

粥も旨い。ビスケットも旨い。オートミールも旨い。人間食事の旨いのは幸福である。その上大事にされて、顔まで人が洗ってくれる。糞小便の世話は無論の事。これをありがたいといわずんば何をかありがたいといわんや。医師一人、看護婦二人、妻と外に男一人附添うて転地先にあるは華族様の贅沢也。 <<

正岡子規『仰臥漫録』 rojinekorojineko 2012-05-10

律は看護婦であると同時にお三どんなり。お三どんであると同時に一家の整理役なり。一家の整理役であると同時に余の秘書なり。書籍の出納原稿の浄書も不完全ながら為し居(お)るなり。しかして彼は看護婦が請求するだけの看護料の十分の一だも費さざるなり。野菜にても香(こう)の物にても何にても一品あらば彼の食事はをはるなり。肉や肴を買ふて自己の食料となさんなどとは夢にも思はざるが如し。もし一日にても彼なくば一家の...

幸田露伴「突貫紀行」 rojinekorojineko 2012-05-09

身には疾(やまい)あり、胸には愁(うれい)あり、悪因縁は逐へども去らず、未来に楽しき到着点の認めらるゝなく、目前に痛き刺激物あり、慾あれども銭なく、望みあれども縁遠し、よし突貫して此(この)逆境を出でんと決したり。五六枚の衣を売り、一(ひと)行李の書を典し、我を愛する人二三にのみ別(わかれ)をつげて忽然出発す。時まさに明治二十年八月二十五日午前九時なり。 *典し 質入れして

吉田健一『英国の文学』 rojinekorojineko 2012-05-08

春から秋に掛けての英国の自然が、我々東洋人には直ぐには信じられないくらい、美しいならば、英国の冬はこれに匹敵して醜悪である。そして冬が十月に来る国では、この二つの期間はその長さに掛けて先ず同じであって、英国人はこういう春や夏があるから冬に堪えられるのでなしに、このような冬にも堪えられる神経の持主なので春や夏の、我々ならば圧倒され兼ねない美しさが楽めるのである。 <<

谷崎潤一郎『陰翳礼讃』 rojinekorojineko 2012-05-07

諸君はまたそういう大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く外の光りが届かなくなった暗がりの中にある金襖(きんぶすま)や金屏風が、幾間を隔てた遠い遠い庭の明りの穂先を捉えて、ぽうっと夢のように照り返しているのを見たことはないか。その照り返しは、夕暮れの地平線のように、あたりの闇へ実に弱々しい金色の明りを投げているのであるが、私は黄金というものがあれほど沈痛な美しさを見せる時はないと思う。 <...

森鷗外『渋江抽斎』 rojinekorojineko 2012-05-06

抽斎は医者であった。そして官吏であった。そして経書や諸子のような哲学方面の書をも読み、歴史をも読み、詩文集のような文芸方面の書をも読んだ。その迹が頗るわたくしと相似ている。ただその相殊(こと)なる所は、古今時(とき)を異にして、生の相及ばざるのみである。いや。そうではない。今一つ大きい差別(しゃべつ)がある。それは抽斎が哲学文芸において、考証家として樹立することを得るだけの地位に達していたのに、わ...